異文化ガイド

異文化について、英語、フランス語について書いています。フランス、ベルギーで15年以上暮らし、出会った人、見聞きしたこと、考えたこと。

フランス、ベルギーで15年以上暮らし、出会った人、見聞きしたこと、考えたこと。フランスの日常、文化の違いやコミュニケーション能力について書いています。

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フランス人ジャーナリストの名誉のために、まずは良い体験の方から(*^^*)


確か1990年代の日本でのことでした。

当時フランスでけっこう人気があった週刊誌のジャーナリストが通訳を必要としているということで、インタビューに同行しました。


まずはある学者さんへのインタビューで、アポを取ってお話を伺いに。

方向音痴の私は学者さんのお宅に着くまで、この道で大丈夫かな?とか、そわそわしていたのですが、中年のジャーナリストは終始余裕でにこにこしていました。


幸い無事お宅に到着し、インタビューが始まると、にこにこしていた記者は突然真剣な表情でメモを取り始めました。


取材は無事終了。


その後、町で商店やいろいろな人に話を聞きたい、と。


夕方で買い物をする人もそれなりに多く、記者はにぎやかな街を、再びにこにこして眺めていました。

私は、ある八百屋さんが興味深げにこちらを見ているのに気づき、「あの人にインタビューしてみましょうか。」と聞きました。

すると、彼はやはりにこにこしながら

「いや、ちょっと忙しそうだね。彼は今仕事をしているから、邪魔するのはよくないよ。」


ジャーナリストというものは人の迷惑を顧みず、どこにでも飛び込んでいくものだと思っていた私は驚愕しました。


一体この人は何者?この余裕はどこから来るのだろう?


私は別の日、彼にインタビューしてしまいました。


「私はジャーナリストというものは図々しいものだと思っていました。人の迷惑などなんとも思わないものだと。あなたは違いますね。あなたの態度に私は感銘を受けました。あなたはどのようにしてジャーナリストになったのですか?」


今思うと、私の方がずいぶんと図々しいですね!


彼の返事は次のようなものでした。


「自分はジャーナリストとして、必然的に人の邪魔をすることになる。

だから、邪魔するのは最低限にするよう気を付けている。


最初は哲学を専攻していて、博士課程まで進んだ。

ロラン・バルトの授業は最高だったよ。

彼はいつもポケットに手を突っ込んで講義をしていた。

でも、その前に膨大な時間を準備に費やしていることは、自ずと明らかだった。

だから自分も教え始めた時、真似をしたんだ。


ジャーナリズムの世界に入ったとき、ほかのジャーナリストたちはあまりものを知らなくて。

ちょっと話したら、えらく感心されてしまった。

そのうち、編集長になれと言われたんだけど、こちらからひとつ条件を出した。

それは、編集長になっても、世界中を旅して取材をするのは続けさせてほしいということ。

それでこうやって、あちこち行って、いろんな人に会ってる。」


彼はもう引退していますが、今でも時々連絡を取り合っています。



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欧州サッカーで優勝を逃したイングランド代表にあまりにも酷い言葉が投げつけられ、イギリス首相は差別を非難。外国人労働者に厳しいジョンソン首相でさえ差別は許さないということですね。


ロンドン警察も動き出し、世界の話題は優勝したイタリアよりむしろイギリスのサッカーファンへ。


ボーダーラインの悪ふざけどころか、人間的に最低な、明らかに逸脱した言葉の暴力。


さて、デンべレ、グリーズマンのビデオに関する最初の記事で、私は「コナミがグリーズマンとの契約を切ったのは当然」だと書きました。


「ゲームをするグリーズマン」の印象は地に落ち、アンバサダーなんてあり得ません。


では、どこまで、いつまで彼らを責めればいいのかと言えば、アンバサダー解任あたりで十分じゃないか。


なぜか。ちょっとフランスの状況を話しましょう。


私は最初にフランスで暮らし始めたころ、学者さんやアーティストぐらいしか親しい友人はいませんでした。彼らから差別的なほのめかしを受けたことはありません。


もちろん、世の中には極右的な「学者」や教養はないが素晴らしい作品を作るアーティストもいます。単に私の周りにはそういう人はいなかったということですね。もっと精神が開けている人たちばかりだったのです。


しかしその後、縁あって(?)、まったく違う世界のフランス人たちと親しくなりました。おかげさまで(?)差別のニュアンスがわかるようになったことは、前記事で書いた通りです。


フランスの格差って、お金だけじゃないんです。

知識とか教育とか教養とか、持ってない人は全部持ってないんです。


そして、教育とか教養を持っている人たちの中には、「持たざる者」を差別する人もいます。


デンべレやグリーズマンは、今やサッカーでこそ世界のトップクラスですが、それ以外では、悪態をついてつかれて転びながらボールを追っていた子ども時代と変わらないのかもしれません。


「フランス人は先に謝らない」という解説をした人もいるようですが、教養のある人なら状況を理解し、もう少しマシな謝罪をしていたでしょう。


グリーズマンは過去に「ブラックフェイス」問題を起こしたこともあり、その時は自分は不器用だが差別の意図はなかったと言っています。


その一方で、中国政府によるウィグル人弾圧に抗議してHuaweiとの高額契約を蹴り、賞賛を受けています。


不器用。

だけど、心が無いわけじゃない。


国際的なスターとなり、多くの人に影響を及ぼす立場となった今、「不器用」じゃすまないということを、彼らはわかっていないのです。


「親の教育」を嘆く人もいますが、多くのサッカー選手のように若くして親の手を離れてからは、所属クラブが教育するべきでしょう。


差別された側としても、こう言って教育してあげるべきじゃないか。


「ゼロから世界トップの座に登りつめた、あなた方の努力と才能に敬意を表します。

迷惑をかけたホテルのスタッフに誠意ある謝罪をしてください。

そして、今後はプライベートでも世界中の子どもたちの模範となる言動を心がけてください。

あなた方のご活躍を今後も楽しみにしていますよ。」と。


度を越した罰は恨みを買うもの。

彼らに対して大きすぎる罰を求めたら、世界からこう思われるのがオチでしょう。


「あいつら、ちょっと突っつくとすぐカッカする。本当は自信なんてないんだな。」と。



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日本では、子どもが「大きな夢を叶えるために」ボールを追う、という言い方をします。


フランスのサッカー少年の中には、


「親を楽にしてやりたいから」


必死になってボールを追う、

そんな子どもたちが一定数います。


その子どもたちは多くの場合、家でも練習場でも差別的なジョークや侮蔑的な罵りにまみれて生きています。自分も言うし、言われるという環境です。


では、なぜその子どもたちは他のことではなくスポーツで名を上げようとするのでしょうか。

スポーツが得意だからとか好きだということも、もちろんあるでしょう。

もうひとつの理由は、スポーツなら出自に関係なく、実力だけでのし上がることができるからです。


デンべレやグリーズマンがどのようにサッカーを志し、どんな苦労をしてきたのか、してこなかったのか私は知りませんが、決して楽なものではなかったはずです。


ヨーロッパでは、「良い家庭」の子どもたちは厳しく言葉遣いをしつけられます。学校でも直されます。


しかし、親にその「教養」がなければ、そして通っている学校区が貧しければ、教えてもらうことはできません。


私は前にも映画「マイフェアレディ」について書いたことがあります。

汚い言葉を使っている貧しい花売り娘が、言語学者に言葉遣いを直されて社交界デビューする話です。

教授が連れて行った競馬場で、興奮しすぎて「お里が出てしまう」エピソードもあります。


デンべレはセネガルの血を引いているということで、差別の対象となることは日本人にもわかりやすいでしょう。


グリーズマンは白人じゃないか、と思われるかもしれませんが、明らかにフランスの苗字ではありませんね。(因みに自身はグリエズマンと発音すると言っているようです。)


日本のウィキにはドイツ系とあります。確かにそうなのでしょうが、フランス語のウィキを見ると、もっと詳しいことが書いてあります。


お父さんは、国籍はドイツですが、欧州で伝統的にノマドとして暮らしていた民族の出身です。サッカー選手だった母方の祖父は、ポルトガルからの移民です。


おまけにグリーズマンは身長が足りないというので、何度もプロ試験をはじかれています。


ふたりとも、理不尽な差別がどんなものか身をもって知っている人たち。


「だったら余計に言うなよ!」と言いたいところでもありますが、彼らは聖人でもないし政治家でもないんだよね。 


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